■ 老虎灘 |
虎が伏せた形をした山のある水辺。なるほど、言われてみれば虎の背に似ている。 (1999年7月) |
虎の象も造られていて、観光地としてにぎわっている。 (1999年7月) |
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■ 大連森林動物園 |
中国国内でもパンダを有する動物園は限られているが、ここではパンダを見ることができる。 (1999年7月) |
暑さにバテ気味のパンダ。でも、パンダって暑いところの動物じゃないの? (1999年7月) |
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広大な敷地は山の両側に分けられている。こちら側は小動物とサファリバスのエリア。 (2003年8月) |
小動物村では山羊、犬、ウサギなどがすぐそばで見られる。 (2003年8月) |
サファリエリアではガイドの説明付きで園内を回る。キリン、ラクダ、白狼など種類はさまざま。 (2003年8月) |
こちらはホワイトタイガー。 (2003年8月) |
もちろん普通のトラもいる。 (2003年8月) |
ロープウェイで山を越える左下に見えているのがパンダ達のいるエリア。 (2003年8月) |
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■ 中山広場 |
大連市街の中心にあるのが中山広場。日本統治時代には大広場と呼ばれた。写真は中国銀行。 (1999年7月) |
現在も100年近く前に建てられた欧風建築物が残っている。 写真は大連賓館(旧大和ホテル)。(1999年7月) |
大連市内はロータリー形式の交差点(?)が多い。中山広場もロータリーに囲まれている。。 (1999年7月) |
夜になれば市民が集まり、踊ったり運動したり、とにかくにぎやかである。 (1999年7月) |
中山広場を再び訪れた。前回から4年経過している。 (2003年8月) |
新しい建築物も増え、歩道橋も撤去された。 (2003年8月) |
中山広場の夜の様子。 (2003年8月) |
正面に見えているのは大連賓館。 (2003年8月) |
踊ったり、運動したり、とにかく大勢の人が集まってきている。 (2003年8月) |
周囲のネオンや灯りがきれい。 (2003年8月) |
昼間よりも夜の方が賑やかかもしれない。 (2003年8月) |
中山広場から魯迅路を眺める。 (2003年8月) |
朝の中山広場。太極拳をしている老人達。 (2003年8月) |
老齢一歩手前の人々は、太極拳ではなく、踊りを踊っていた。 (2003年8月) |
中国の人たちは本当に早起きだと思う。 (2003年8月) |
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■ 人民広場 |
市の中心にある人民広場は大連市の政府や司法局に囲まれている。 (1999年7月) |
芝生の植えられた広場は大連の美しさの象徴となっているらしい。 (1999年7月) |
広場の周囲にある欧風建築物は、満州国時代に建てられたものだという。。 (1999年7月) |
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■ 星海広場 |
アジア最大と言われる広場。ここには99人の足跡が…… (2003年8月) |
広場は海に面しているので眺めもよい。 (2003年8月) |
奥に見えている城のようなものは“貝殻博物館”という名前らしい。 (2003年8月) |
広場中央はあまり人気がない。 (2003年8月) |
馬車で広場を一周すると10元。 (2003年8月) |
レンタサイクルで広場を回る人たちもいる。 (2003年8月) |
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■ 労働公園 |
面積102万平米の大きな公園。市内中心部のすぐ南側にある。 (2003年8月) |
日本から贈られた桜や芝生など、緑あふれた公園。 (2003年8月) |
サッカーの町大連を象徴する大連市建築芸術館。奥に見えているのはテレビ塔。 (2003年8月) |
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■ 七七街 |
高級住宅街の並ぶ七七街。ドアの前で子猫が寝ていた。 (2003年8月) |
見えているのは幼稚園。このあたりは月曜日に登園し、金曜日に家に帰るらしい。 (2003年8月) |
もともと日本人が多く住んでいた場所なので、何となく日本風に見える家屋も存在する。 (2003年8月) |
家の脇に咲く朝顔。夏の朝らしい風景。 (2003年8月) |
ホテルの窓から見える七七街。この先には売り出し中のマンションが多く並んでいる。 (2003年8月) |
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■ 街並み |
大連駅の北側には小さな通りがあり、住宅が建ち並んでいる。 (2003年8月) |
ある料理屋の窓から飛び出してきた猫は、どこかの家の中へと消えていった。 (2003年8月) |
新しい住宅やマンションが出来る一方で、昔ながらの家もちゃんと残っている。 (2003年8月) |
野菜の皮をむいたり、ゴミを集めたり、生活の場がここにあった。 (2003年8月) |
昼日中に麻雀をしている人々。仕事はないのだろうか。 (2003年8月) |
こんな風景が見られるのも今のうちかもしれない。 (2003年8月) |
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■ 水師営 |
水師営会見所は、日露戦争終結の際に野木希典とステッセル将軍が会見を行った場所。 (2003年8月) |
もともと農家だったこの場所は、当時軍事業院として使われていた。 (2003年8月) |
中には日露戦争の歴史等が写真で紹介されている。 (2003年8月) |
手術台として使われていたものを、会見の際にはテーブルとして使用した。 (2003年8月) |
■ 203高地 |
203高地へと登っていく。山の高さは203メートル。 (2003年8月) |
山頂にある記念碑。「爾霊山」と書かれている。 (2003年8月) |
203高地からの眺め。遠くに港らしきものが見える。 (2003年8月) |
東鶏冠山などが遠くに見える。 (2003年8月) |
戦死者はロシアが3000人、日本が5000人だと言われる。 (2003年8月) |
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■ 大連駅 |
東北地方への起点となる大連駅。 (1999年7月) |
駅前の広場もにぎやか。大連が大都市であること証明でもある。 (1999年7月) |
駅の待合室。売店もあるので退屈はしない。 (1999年7月) |
駅の切符売り場。ここで根気よく並んで切符を手に入れる。 (1999年7月) |
大連駅の建物は同じだが、すっきりときれいになった。 (2003年8月) |
駅の横には旅行社や旅館があり、客引きも多い。 (2003年8月) |
駅の正面には勝利広場がある。 (2003年8月) |
駅の売店。果物、ハム、お菓子、肉まんなど、昔からかわらないものを扱っている。 (2003年8月) |
大連駅の裏側。こちらの方が近代的に見えるのは何故? (2003年8月) |
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■ 大連周水子空港 |
周水子空港は大連の北西部にある。建物は新しく、きれい。 (1999年7月) |
見送り、出迎えの人でにぎやか。大きくはないが、丸みを帯びたフォルムが面白い。 (1999年7月) |
向かって左側が国際線、右側が国内線。1階が到着ロビーで2回が出発ロビー。 (1999年8月) |
国際線出発ロビーの様子。向かって右のほうに歩いていくと、レストランや喫茶、売店もある。 (1999年8月) |
空港に向かうタクシーから。向こうに見えているのが空港。 (2003年8月) |
空港建設費90元。必ず払わなければならない。 (2003年8月) |
国際線のカウンター。右の方には国内線のカウンターがある (2003年8月) |
国内線の到着ロビー。バッゲージクレームが見える。 (2003年8月) |
国内線の到着ロビー。出迎えの人も多い (2003年8月) |
国際線の待合室。奥には土産物屋がある。 (2003年8月) |
国内線の待合室。ガラス1枚で国内線と国際線が分けられているのだ。 (2003年8月) |
国内線の待合室の奥に見える売店。 (2003年8月) |
飛行機の中から空港を眺める。 (2003年8月) |
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